Thamen (日本人)少年野球チーム誕生まで:
1997年8月: 1997年 8月5日 大智一家オランダに来る。オランダは野球が盛んと聞いてきたが、なかなか野球チームが見つからず。
1997年8月: 8月半ば過ぎ、アルスメアー花市場の第一園芸の日本人の方に ターメンを紹介してもらいフランスマーケル氏と出会う。 トモヒロ 10歳、タケヒロ8歳 ピューピレンチームに入部。
1997年9月: 9月で試合も練習も終了してしまい、早くも野球シーズンが終了。練習方法も違うし、これでは物足りない・・・・。
1997年9月: 1997年10月、大智親子 日本人を集めて日本人少年野球チームを結成しオランダの大会に参加することを決断。選手募集にポスターを作り始める。  
1997年10月: 手始めに囲碁会館で行われた、昭和貿易のバザー会場でポスター掲示、日本人少年にチラシを配り勧誘する。 バザー会場での反応は今ひとつで、不安にかられる。 トモヒロ、タケヒロ アムス日本人学校でもチラシを配り、勧誘するも 反応は今ひとつ。
1997年10月: 2,3日経っても、誰からの連絡もなく、「やっぱりオランダでは野球ではなく、サッカーなんだ・・・・。」大智親子がっくりする。 ところが、5日目以降 相羽さんを第一号に連絡の電話が殺到する。 12名で新チーム結成となり、ターメングランドで練習開始。冬場も練習継続。
1998年2月: 偶然 海幸にて平田さんご一家と会う。大智親父 西武ライオンズの野球帽をかぶっていたゲンキ君を執拗に勧誘する。
1998年4月: オランダ少年野球リーグにピューピレンチームとして参加。
その後、各お父さんにも積極的に参加していただき練習も非常に充実、冬の寒い日、雪が積もっても練習を行いチームがドンドン強くなる。日本に本帰国で退部した人、新しく入部した人と入れ替わりはあるもチームは存続し、リーグ優勝を始め好成績を残す。 
打てなかったり、エラーをしたり、しかられたりつらい目に遭った選手もいたでしょうが、オランダでも子供たちが野球をする楽しさ、上達する喜び、試合に勝った時のうれしさを味わってくれることをモットーにチームが末永く続いてくれることを望んでいます。